はじめに

小来川で言い伝えられる【三つの石の伝説と毒水】については諸説あるとされています。
今でも小来川地区内では、殺された桜本院昌安を供養する行事が執り行われていて、また、昌安が実際に身に着けていた脇刺しやあぶみに関しては、現在では円光寺に寄贈され、大切に保管されています。

このことから、

  • 桜本院昌安という僧侶がいた
  • 何らかの理由で地域住民によって殺められた
  • その伝説の石が存在している

ということまではわかっているのですが、どこの僧侶なのか?なぜ小来川を通ったのか?なぜ殺されなければならなかったのか?という部分については様々な説があり、現在でも謎とされています。

このWEBマンガは、【八木沢亨著 子どものための日光のむかしばなし】に掲載されているお話を引用させていただき、作成しました。
マンガを読んでいただきましたら、ぜひご一緒に考察・あとがきもご覧になってください。


桜本院昌安と従者

昔、桜本院(順海坊)昌安という僧侶が小来川に住んでいました。
昌安は国の役人から、税金を取り立てる仕事を命ぜられていました。














ある日昌安は従者2人を連れ、いつものように税金の取り立てに向かいました。

飢きん

その年、滝ヶ原や小来川では
田や畑の作物がほとんど実らず、住民らは
飢きんに苦しんでいました。

飢きん

取り立て

そこへ、昌安らがいつものように馬に乗り、滝ヶ原に税金の取り立てに来ました。

滝ヶ原の人々の困窮を尻目に冷酷な取り立てを行った一行は、その足で小来川に向かいました。

それを伝え聞いた小来川の人々は激怒。
ちょうど昌安一行が小来川の地に差し掛かったとき、住民らは恨みを晴らそうとしました。

大岩に驚く一行

崖の上から、一行めがけて大岩を転がし落としたのです。

一行の死

昌安らは、馬もろとも大岩に押しつぶされ、命を落としてしまいました。

昌安は死ぬ間際、馬と鞍に石となるよう告げ、自らも従者らとともに毒蛇となり沢に毒を流すと言い残したのでした。